福岡高等裁判所宮崎支部 昭和40年(う)3号 決定 1965年6月04日
抗告人 野田次郎(仮名)
相手方 大西昭子(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
本件抗告の趣旨および理由は別紙記載のとおりである。
本件抗告の理由の要旨は、抗告人は大島紬の製造販売その他の事業を目的とする、資本金一、〇〇〇万円の、株式会社野由商店の取締役社長であり、同会社の工場は、天皇、皇后両陛下その他皇族方が見学された地方の名門工場である。相手方は、右の如く相当の社会的地位を有する抗告人の名誉をも顧みず、本件審判申立書に添付の調査書(記録一〇丁)に記載してあるとおりの経歴を有する大西典男と結婚したので、抗告人は知人らに対し娘である相手方の結婚の発表もできず、今日身を小さくして生活している。かくの如きは、推定相続人たる相手方が被相続人たる抗告人に対し民法第八九二条にいう重大な侮辱を加えた場合に該当する。そうでないとしても著しい非行があつた場合に該当する。よつて本件審判申立は認容さるべきであるのに、これを棄却した原決定は違法であるから、取消さるべきである、というにある。
よつて案ずるに、親の意思に反し、自らが配偶者として選んだ者と婚姻した子の行為が、前記法条所定の推定相続人廃除の原因となるかどうかは、単に被相続人たる親の主観により決すべきではなく、現在の社会的倫理に照らし客観的に考察し、判断さるべきである。婚姻は両性の合意のみに基いて成立すべきであることは、憲法第二四条の規定するところであり、第三者の意思によつて妨げられ、干渉さるべきでないのであつて、このことは抗告人も本件抗告状において、十分弁えている旨自ら述べているところである。婚姻に対するこの根本理念に照らせば、既に成年に達した子が配偶者として選んだ者の過去の経歴が、親の社会的地位にふさわしくなく、親の感情に合致しないことがあつても、その者の現在の生活態度が反社会的、反倫理的でない限り、右の経歴および感情が子とその者との合意に基いて成立した婚姻を阻害する事由となつてはならないことはいうまでもない。また子が親の社会的地位に不相応な経歴を有する者と、親の意思に反して婚姻したことは、その婚姻が婚姻当事者の合意に基いたものである以上、親にとり何ら世間体を恥じねばならぬことでもなく、不名誉なことでもない、とするのが、現在の正当なる社会的感情である、ということができる。したがつて子の右の如き婚姻により、親がこの正当なる社会的感情とは反対に、右婚姻を不名誉と感じ世間体を恥じ、肩身狭くくらすようになつたとしても、現在の社会的倫理に照らせば、右婚姻が親に対する虐待にも侮辱行為にも、著しい非行にも該当しないことは明らかである。したがつて右親が被相続人であり、子がその推定相続人であつても、民法第八九二条所定の廃除原因があるということはできない。
本件記録中の、相手方より抗告人に対する手紙(一五丁)、戸籍謄本(一三丁、一八丁)、鹿児島家庭裁判所調査官大坪文男作成の調査報告書(二〇丁)、京都家庭裁判所調査官補笹川瓔子作成の調査報告書(三〇丁)、鹿児島県警察本部の証明書(四九丁)、登記簿謄本(五〇丁)によれば、抗告人は資本金一、〇〇〇万円の株式会社野田商店の取締役社長であり、相当の資産を有すること、かつて同会社の大島紬の製造工場は、天皇、皇后両陛下その他の皇族方が見学されたことのある所謂名門工場であること、しかるに相手方の夫大西典男(昭和八年一一月二〇日生)は、両親が昭和二一年二月二日協議離婚しその後同年四月三日父を失い京都市○○小学校卒業後孤児として施設で育ち、十数年前窃盗の非行により少年院に収容されたこともあり、また曽て不純異性関係もあつたこと、相手方は昭和一七年一一月二九日申立人の長女として生れ、○○女学院短期大学在学中典男と相識り昭和三八年三月同校卒業後いつたん郷里の抗告人方に帰宅したが昭和三九年九月抗告人の反対を押し切つて京都に家出し(相手方が家出するに至つたのは、相手方が事前に抗告人に対し直接典男の人物を知つて貰いたい考の下に典男との面接を懇請したにもかかわらず、抗告人がただいちずにこれを拒否し、寧ろ相手方をひどく叱責したことによることが窺われる。)典男と昭和三九年一一月一七日婚姻したものであることが疎明されるが、一方前記相手方の手紙、戸籍謄本(一八丁)、笹川調査官補の調査報告書によると、典男は相手方との婚姻生活のため相手方の肩書住居地に約一三〇万円の家屋を自力で購入し、婦人服地の図案家として真面目に生活していること、相手方も抗告人と和解できる日の来ることを念願しつつ、自らも京都市所在の証券会社に事務員として勤務し、典男との幸福な家庭を築くべく努力していることが疎明されているのである。そうだとすると抗告人がたとえ相手方の右典男との抗告人の意思に反した婚姻を不名誉と感じ、世間体を恥じてその発表もなし得ず、身を小さくして暮しているとしても、このことにより相手方が民法第八九二条所定の重大な侮辱を抗告人に加えたということもできないし、著しい非行をなしたということもできないことは、前述するところにより、明らかである。よつて抗告人の前記抗告理由は失当である。
また本件記録によれば、本件申立に対する原審の判断は当裁判所もこれを是認することができ、記録を精査するも他に原決定に違法の点に見当らない。
よつて本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき家事審判法第七条、非訟事件手続法第二五条、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 原田一隆 裁判官 野田栄一 裁判官 宮瀬洋一)
抗告理由<省略>